松村満美子の透析あれこれ No.1
日本の移植医療
その昔、生体腎移植をした女性が日本で初めて赤ちゃんを産んだというニュースを小川宏ショーで、私がインタビューをして紹介したことがあります。その方が、移植後30年の感謝の集いを昨年開かれ、そこには、そのとき生まれた今は28歳になるお嬢さんも出席され感動を覚えました。
「日本の移植医療は遅々として進みませんし、透析医療も患者さんの負担を増やす方向に向かっています。腎不全だけに限らず、病める人に優しい医療を願わずにはいられません」
これは今年私が出した年賀状の一部です。
今から三十年前、まだ透析という言葉が一般に広く知られていなかった頃から、私は腎不全対策にボランティアで関わってきているのですが、この方はその後も何回か取材させていただき、私の本『腎不全を生きる』の中でも紹介しています。
30年前にお母様から2つある腎臓の1つを頂いて移植をし、その2年後に妊娠に気づいて主治医に生みたいと申し出ました。まだ移植した腎での出産は、世界で数例あるかないかの時だけに、出産にGOサインを出された主治医もどんなに逡巡されたことでしょう。 なんせ日本では始めてのことですから、プロジェクトチームを作り、その日を迎えたといいます。
移植した腎臓での日本初の出産ということで新聞でも大きくとりあげられ、私も取材に伺ったのでした。この時生まれたお嬢さんは私が見上げるほど長身のステキな女性に成長しました。お母さんが治療を受けた病院で看護師として務め、昨年結婚もされました。
透析から解放されて腎移植をすると、生体腎でも、献腎でも、5年から10年生着するのが普通なのですが、30年もお母様の腎が生着し続けるというのは大変珍しいことなのです。
夫妻が、今までお世話になった方たちに、感謝を込めた宴を催すというので、私も喜んで、会場の京都へ新幹線で駆けつけました。
会場には、当時から現在までずっと主治医を続けておられるドクターをはじめ、当時のプロジェクトチームの医師、助産婦、看護士、難病の妻の出産で何かと大変なご主人を支え続けた職場の同僚、現在のお嬢さんの仕事仲間などが集まり、大変だった当時のこと、感謝の心をもち続ける夫妻の人柄等々、次々エピソードが披露され、心温まる会でした。
この日は、折しも祇園祭の当日で、会場にもかすかに聞こえるコンテキチの祇園囃子までも、この一家の幸せを祝福しているかのように私には聞こえたのでした。







